じゆうちょう

Thank you for visiting! Dream stories and fiction

ホテルモントレ姫路

白いスニーカーを洗った。左を洗い終えた後、右のと比べると、意外に汚れていたことに気づき「ハッ」とした。

【11:00】

半月ぶりに昼前まで寝ていた。

キャメル色の革靴に合う服を選び、髪を洗い、爪を切る。

丹波篠山で買った栗羊羹を冷蔵庫から取り出し、包みに入れ、鞄の空いたスペースに差し込んだ。カバンは靴のキャメル色に合わせたものを選んだ。家を出て駅まで半分のところでチャリに乗ったオカンとすれ違った。

「おう!」と言うとこちらに気づいた。

数秒後に振り返ってオカンを見ると、オカンもまたこちらを見ていた。

 

半年前、当時やっていた仕事を辞めて、ログハウスを作ろうと北米行きを決心した後、いろいろとリサーチをした。徳島県立図書館で『北米・先住民・カナダ』のキーワードで見つけた本を30冊近く借り、貸し出し期間の1ヶ月、読み漁った。

その中で印象があったのは『ユーコン川を筏で下る』(野田知佑)と『瀬長瞳のカナダ旅情』(瀬長瞳)だった。個人の生の体験を物語った本で、統計や最大公約数的な一般論では決して伝わらない「情」が溢れ出てくる書物だった。今振り返ると、この2冊に随分応援された。著者の二人はどちらも、戦争前と戦争後を体験した人たちだということは重要なので、忘れないために記しておこうと思う。どこかでまた繋がるかもしれない。

 

それから、数ヶ月後仕事を辞め、身の回りを片して、ふるさとに帰った。国内外のログハウス工務店のホームページを手当たり次第に当たっていた中、信州でログハウス工務店を営む K さんの事を知り、2日後にラブレターメールを送った。7日後、事務員らしき担当者から「兵庫にお住まいとのことで、来月であれば兵庫に行く予定があるのでそちらで会えます」と返信が届いた。

 

【15:00】

姫路駅前、ホテルモントレーのラウンジで K さんと対面した。

同伴していたもう一人の男性が、セルフバーから飲み物を持ってきますねと言うので「すいません、ありがとうございます。僕は紅茶で。」と答えた。

実は昨年の12月2日からカフェイン断ちをしていて、この4ヶ月で少なくとも10回はコーヒーを飲む場面で断りお茶を選んできた。前職で冬場の山仕事に携わっていた時、映像会社のクルーが半日付き添って現場を撮影するということがあった。撮影の日は決まって近くの食堂で一緒に丼や寿司などの昼食を食べた。食事後は女将が「コーヒー淹れよか?」と来て、他の皆は決まって「コーヒーで」という中、「あったかいお茶で」と言っていたので、女将は3回目から「コーヒー5人。君はあったかいお茶やな」と付け足すようになった。

映像会社の撮影クルーの一人から。「コーヒーは飲めないんですか?」と聞かれ

「好きなんですけど、今コーヒー断ちしてまして」と答えた。

「健康のアレですか?」

「あ、いえ。コーヒーの味を完全に忘れた後の最高の一杯を飲むためにやってます!」

映像会社の撮影クルーの他の一人がツボに入ったように抑え笑いをした。

高校の時、日本語の教師が「僕は全員がドッと笑うのよりも、一人をクスッとするような笑いが好きや」と言っていたのを思い出した。

 

【15:01】

忙しい中、見知らぬ人からの一方的なお願いのためにプライベートな時間の合間を割いて頂いたことにお礼を伝えた。対話の中「おっ」と思う要所で、殴り書きのメモを取った。

 

・「ドイツ人は何故か、合うところが多いんだよね」

・「色んなものを受け入れること。でないと一生頑固者で終わってしまう。色んなものを見てみる。」

・「もしかしたら、そんなに長いことカナダにいなくても良いかもね」

・「聞いてる感じ、少し方向性が違うと思うから。どっちに行くかによって、道は大分変わってくると思う。え、こんな大雑把で大丈夫なの?って思うところもある。内陸の方に行くとカウボーイ気質のビルダーが多い。そういう所で孤立しないかっていうのもある。位置付けは大事だね。」

 

K さんのアメリカ留学時代、モチベーション云々、ヨーロッパでの仕事・展示会、カナダのログハウスについて等々、1時間半近く話を聞くことができた。

「位置付けがとても大事だよ。」K さんは、また最後に言った。

「ありがとうございました。」

握手を交わしてホテルを後にした。分厚い雲が空一面を覆い、涼しい雨の匂いがした。遠い遠い土地と、縁がまた一つ繋がった気がした。

つづく

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