じゆうちょう

Thank you for visiting! Dream stories and fiction

北米旅情

昼二時 伊丹

ゴオオオオという飛行機の唸り声とともに両手のひらに汗が滲む。目を閉じ、陸から宙へ浮き上がる瞬間、その境界を全身で感じ取った。故郷やよく遊んだ公園を上空から一望し、ああ、行くんか。としみじみ思った。手前の雲は地上から見上げるよりも近かった。雲を越え、気圧と温度が下がった時、カラダが「スッ」とラクになった。

地上を見て、人生ゲームの盤を思い出した。4針縫ったばかりの指のことも、大幅遅延している乗り継ぎのことも、どうでもよくなり、呼吸はゆっくり深くなった。しばらくすると、ロングビーチが見えた。「海岸線をずっと拡大し続けていくと、拡大した境界線も拡大前と同じような形状をしている」というフラクタル次元について連想した。

一席空いた隣の乗客はフワフワのウサギの人形を撫でていた。伊丹から成田まではあっという間に着いた。

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夜九時 成田

ちょっとアナログな旅をしたかった、というのもあって、オンラインチェックインとかはせずに、看板と職員を頼りに乗り継ぎをしようとした。タブレットを持った空港の職員に次の国際線のフライト情報を伝えると「第2ターミナルです」と親切に教えてくれたので連絡バスで向かった。4Fカウンターでパスポートを見せると、「お客さまのフライトはターミナル1です」と知らされた。同じ時間に同じ目的地へ飛ぶ飛行機が2つあったみたいだ。出発2時間前を切っていたので猛スピードで地上まで駆け降り、連絡バスに文字通り飛び乗った。久々に走った。

結局、遅延で3時間空きができたので成田空港の食堂の列に並んだ。前に並ぶカナダ人が、この丼はwheatが入ってるのか聞いていて、若い店員が「??」していたので、「小麦を使ってるのか聞いてます」と隣からフォローした。店内は忙しそうだった。自分は「梅干しわかめうどん」と豆腐を注文した。麺は縮れていたけど、やっぱり一息ついた後の飯は美味しかった。

早めに搭乗口前に行って、からだを休めることにした。旅前は不安がチョロチョロしていたけど、いざ始まると案外気持ちが入る。腰椎をストレッチし、ふくらはぎを動かしてから横になり、目を休めた。視点を分散させる方法を試してみたら、こめかみの筋肉が緩み、頭痛の予感が消えた。後ろの席のCAがぺちゃくちゃ喋っていたので、英語に慣れようと耳を傾けた。サンホゼ空港の窓際で居眠りをして飛行機を乗り過ごしたことを思い出して、ムクっと起き上がった。

アメリカ大陸までの9時間のうち最初の2時間は機内食を食べたり、目の前のスクリーンの設定をいじったりして過ごした。両隣はカナダ人の女性バレー選手だった。右隣の人はずっとタブレットに熱中していた。機内食を三十秒くらいで食べ切ってたのでビビった。ゆっくり噛んで食べよっ、と思い、小麦パンをモグモグしながら友人や家族のことを思った。備え付けの枕を腰とシートの隙間に挟み、ブランケットで首枕を作った。襟巻きトカゲみたいに前まで巻くと、寝ても頸椎が安定してとてもラク。窓側の左の人はしょっちゅう「ピイに行くわ」と言うので、自動的に立ち上がって脚を伸ばすことができた。めっちゃよく寝れた。

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夕方五時(日本時間ー15)カルガリー

流れるままに長蛇の列に合流した。ATMのようなマシーンでパスポートを読み取り、居住地や滞在期間・目的、申告するものはないかをチェックする。「肉製品・植物」の欄にチェックを入れて審査室へ進んだ。1〜20番まで窓口がズラッと屋台のように並んでいた。名前が呼ばれるのを待つ間に、カナダのeSimをケータイにダウンロードした。名前が呼ばれると、窓口で職員にInvitation letter(オンラインでワーホリビザを手続きすると最後に発行される紙)と健康保険の加入証明書、資金証明書(proof of funds)と指紋を提出した。

「肉製品・植物持ち込みの申告があるが中身は何かな?」と質問を受けた。

「大根の種です」

「『大根』?」

「はい、大根です。少量で未開封の袋に。checked bagに入れてあります。友人がくれたものです。」

「それは大丈夫だ」

無事VISAが発給された。

 

正式に入国して、まず、外に出て空気を入れ替えた。日本の4月はじめのような肌寒さと、ちょうど良い湿り気があった。次のフライトが翌朝まで延期されたので、カウンターでホテルと食券を頼み、空港内の宿マリオットに入った。ロビーのグリル&バーで、アトランタ・ブレイブスとロサンゼルス・ロジャースの試合をTVで見ながら、メープルシロップで味付けをされたサーモンのサラダを食べた。食後、友人の母から頂いた手紙を部屋のカードーキーで開封した。

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十時に床につき、一日の記憶を最後まで絞り採ったような凝縮された夢を見た。